« 2011年2月13日 - 2011年2月19日 | トップページ | 2011年2月27日 - 2011年3月5日 »

ステンカ・ラージン

『世界の車窓から』は毎日欠かさず見ている大好きな番組です。

いろいろな国の車窓からの美しい風景とそれに合わせて選曲された音楽を聴きながら、束の間の旅気分を楽しんでいますtrain

現在はロシア・シベリア鉄道の旅を放映中です。

そこで、今回は勝手に 『世界の車窓から』連動企画sign02 ということで、ロシア民謡をご紹介しますwink

ロシア民謡というと、どこか哀愁を感じさせ、日本人にはわりとしっくりくるのではないでしょうか。。。 「カチューシャ」や「黒い瞳」など耳馴染みのある曲も多いですよね。

ロシア国立モスクワ合唱団が来日した時、公演を見に行く機会がありまして。。。

その素晴らしさに圧倒され、思わずCDも購入cd  その中の1曲です。

318c3w8b58l__sl500_aa300_

ステンカ・ラージン(スチェパン・チモフェエヴィチ・ラージン)は、コサック出身のロシア農民運動の指導者で、17世紀、農奴に対する圧政に抗し反乱をおこしましたが、とらえられて処刑された実在の人物です。

他のロシア民謡に比べ、男声による歌唱も加わりどこか力強い印象を受けます。

今回はドン・コサック合唱団で。

男声合唱によるこちらもすばらしく・・・ソロの低音が響きわたります。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.

おまけnote

『世界の車窓から』 のテーマ曲です。

番組ではほんの一部しか流れないので、フルバージョン、それも敬愛する作曲者ご本人 溝口肇さんのチェロ演奏でheart04

| | コメント (8) | トラックバック (0)

文明の生態史観

本当は集中して一気に読みたかったのですが、細切れ時間を使ってようやく読み終えました。

梅棹忠夫 著 『文明の生態史観』。

2011022420510000

小松左京氏の推薦文で ”戦後提出されたもっとも重要な「世界史モデル」の一つであろう” と言わしめた名著です。

読書ノートに題名だけ記してあって、感想が書いてないsweat01 学生時代、たいへん感銘を受けた本だったのに。。。

昨年の訃報を聞き、もう一度読もう・・・と思い文庫版を購入していたのです。

この類の論文は難解なものが多いのですが、梅棹先生の文章はまるで旅行話交じりの講義をされているかのような文章で、楽しく気持ちがいいくらい明快なんです。

『文明の生態史観』には表題を含め11の論考が収められています。それまでの西洋と東洋という世界の区分の仕方に対し、高度な近代産業文明の段階に達した第一地域とそうでない第二地域とに区分し、旧世界(アジア、ヨーロッパ、北アフリカ)の構造やその中での日本の位置づけを独自の視点からとらえています。また東洋にも西洋にも当てはまらないインドに対して中洋という概念を取り入れるなど、はっとさせられましたがまさに納得なんです。これら論考の多くが1950年代に書かれているということにまた驚きです。

さらに興味深かったのは最後に収められている「比較宗教論への方法論的おぼえがき」です。宗教を感染症になぞらえての論考では、例えば、感染症には感染しても発症しない場合があるように、ある宗教の布教を受けても必ずしも信仰するとは限らない、というような斬新かつ説得力のある理論を展開されています。理学部出身ならではの視点ですよね。

梅棹先生は京大の学術探検隊の一員として、アフガニスタン、パキスタン、インドを訪れています。その時の体験をもとにいくつかの論文を書かており、この旅行が一つの転機を与えたと述べられています。

やはり、旅行での「生」の体験から得られるものは大きいのですね。。。shine

後年失明されるのですが、失明されてからの方がそれ以前よりも執筆論文数が多いとのこと。。。すばらしいですね。

なお、文明の生態史観はフランス語、イタリア語、中国語、英語、ドイツ語に翻訳され、フランスからは勲章を受章されてます。

・・・すみません、趣味に走った読書メモなのでスルーしてくださいませ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

旅の記憶・ヨーロッパ/イタリア編①

今から十数年前、まだユーロ導入以前のヨーロッパ旅の話です。。。

約1カ月の日程で、ギリシア、イタリア、ドイツ、フランス、イギリスの5カ国を、行き帰りの飛行機以外は鉄道パスを最大限活用し、駆け抜けるように回ってきましたdash

バックパックに最小限の荷物とガイドブック、カメラ2台、フィルム3種を詰め込み、2月のある日、成田発最終便に乗って日本を発ちましたairplane

その時の旅日記を参考にしつつ印象深かったところを中心に、訪問国順不同、不定期にてご紹介していきたいと思います。

今回からしばらくイタリアの旅にお付き合いくださいませ。。。

Photo_4

大きいで示したのが滞在都市で、アンダーラインが引いてあるのが訪問都市です。

イタリアへはギリシアから船で入りました(船中1泊)。

進行方向右手にアルバニアを見ながら、蒼色深く美しいイオニア海を進み、南イタリアはブリンディシに到着。

Rimg0486

すぐに予約したホテルのあるバーリへ向かいました。バーリは治安が悪いという情報があったため、特に夜の移動は心配だったのですが、無事ホテルにチェックインできて一安心。

翌日のアルベロベッロ観光に備え、ありがたいHotシャワーを浴びて眠りにつきました。

朝目覚めると、まさかの雪snow そしてアルベロベッロは吹雪~

観光客など誰もいません(世界遺産登録前ですしね)。。。

Rimg0488

すると日本人女性の方が声をかけてくれました。彼女は現地の男性と結婚し、ここに住んでいる唯一人の日本人とのこと。ご主人が営んでいるお土産屋さんとご自宅に案内してくれました。

トゥルッリの内部は、かわいらしいサイズのお部屋が中でいくつもつながって、快適にできていました。淹れていただいた日本茶をいただきながら、ご家族とのあたたかいひと時を過ごしました。

Rimg0490

              屋上(?)に案内してもらった時の写真です。三角屋根が並んで。。。

2011021920570000

       ご主人の書かれたイラストとトゥルッリの置物。いただいた名刺にもかわいいイラストが。。。

別れを惜しみつつ、アルベロベッロの駅に向かいました。駅ではなぜか地元の人たちが集まってきて、話しかけたりイタリア語を教えてくれたりと、とてもフレンドリーcat

現地の人とのふれあい。これが楽しいんですよね。。。旅って。

バーリに戻り、同日夜行で一気に北上。古都パドヴァを目指しました。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

« 2011年2月13日 - 2011年2月19日 | トップページ | 2011年2月27日 - 2011年3月5日 »